暁邏蝶 with Pluviôse
降り注ぐ雨、滲み出す葛藤、溢れ出す気持ち…全部。

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自虐とエゴ  04/15-02:23-感情と独り言

プロフィール帳にある、
「あなたは自分のことが好きですか?」
っとその他もろもろ、
いうYes or Noの質問。
この質問を解くにあたって
なぜこんなにも悩むんだろうと自分でも思うことがある。

 
自分のこと好き?
 
って言われて、
「大好き」って張り切って言う子はほとんどいない。
私も自分のことが大好きって胸を張って言える自信はない。
 
変な遠慮なのかな?
 

……なんて、
小さい頃はそうやって思ってた。
自分のことは結構好きなのに、
堂々というのが恥ずかしいだけかと、そう思い込んでた。
でも、最近気づいたことがある。
 
「エゴイズム」
 
辞書によれば、自分の利益を重んじる、自分本位の考え方。
私は傷つくことにいつも臆病。
前だってそうだった。自分が傷つきたくなかったから、
相手を傷つけた。自分を否定したくないから、
誰かに責任を押し付けて責めてみた。
でも、結局最後に手の中にあったのは
「傷つけた、責めてしまった後悔。人を拒絶した後の孤独。」
そんなものばっかり。
目の前にあるものが殺風景で、その時急に現実を知った。
焦った、私が欲しかったものはそんなモノ?
掴みたかった温かさってこんなモノ?
 
どうせこうなってしまうなら、
誰かが傷ついてしまうなら、
いっそのこと、自分をもっと傷つけて。
思考回路は急激に「自虐」へと侵食される。
変に意地を張る、強がり。
無理に笑ってみせる、涙隠し。
それが、「人に優しく」って意味だとか、
勝手に思ったりもした。けど、それさえも違った。
 
誰かを傷つける罪悪感から逃れる口実。
私は自分を傷つけるよりも人を傷つけることが怖い。
でも、それは優しさでもなんでもない。
罪悪感に駆られる自分を守りたい自分。
やっぱり、私は私が可愛いんだ、皮肉な意味で。
 
自分を自分で傷つけたくないエゴかもしれない…
 
ってそんな風に思ったことがある。
自分を好きと言い切れないのは、
自分の中に眠っている、「嫌な自分」を守りたいがため。

「嫌な自分」を突き刺す自虐。
そんな「嫌な自分」を庇うエゴ。
 
他にも、
「一生誰からも愛されなくなるのと、
一生誰も愛せなくなるのと、どっちがいい?」
そんな質問。
愛してくれないと、
私だって愛せる自信など生まれないかもしれない。
愛してもらえない人に、
自分のすべての愛を捧げられる自信は未だ無い。
傷つくのが怖いから。
後で空しくなるのが寂しいから。
 
それでも、好きな人ならたくさん愛したい…!
 
はっきり言って、
選べるわけが無い。
もっと言うと、両方選んじゃいけない気がする。
愛することによって愛されたり、
愛されることによって愛したり、
「にわとりと卵、どっちが先に生まれるか」
そんな問題に案外近かったりする(笑)
  
なんとなく考えてて、やっぱり欲張りな私は、
愛されるよりも、愛するよりも、
愛し合いたい人なんだと、よーく分かった。
(こんな結論でいいのだろうか??)
ま、愛情には貧欲になりたいね♪(貧欲:しょこたん用語w)
 
この2つの質問を掘り出してみて、
反対の考え方は繋がってたり、
片方だけでは存在しなかったり。
私の考え方は、気づかぬところでエゴイズム。
気づかぬところで自虐的。
愛し、愛されたい自分。
 
己の無意識に宿る、多面性。
つまり、2択じゃ答えられる訳ないじゃない、って結論。笑


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